下北半島の岬で、野生の牛に囲まれたことがある。森の中の一本道で、前方と後方を塞がれた。この世界は、自分と牛だけになった。そのとき心に浮かんだのは、「ここは誰の世界なのか?」ということだった。
この映画「境界線」は、アイスランドが舞台だ。
アイスランドの風景は美しい。バケーションで訪れた若い米国人のカップルが、その美しい街や自然、名所旧跡を散策している。岩礁のある海岸、たおやかな牧草地、古びた教会や古城、間欠泉や神秘的な滝、そして巨大な湖のようなホットスプリング。
街並も、冷たい硬水で洗われたばかりのように清潔だ。彼らはその街の、こぎれいな小さなホテルに投宿する。白い壁の、シンプルな部屋。シーツも白くて清潔そうだ。
深夜、女性が目覚める。ブランドの隙間から、白夜の港を見ていると、突然まぶしい光が世界を覆う。なんの光なのかわからない。あるいは夢なのかもしれない。翌朝、カップルは目を覚まし、世界が2人だけになっていることを知る。
世界が2人だけになった理由は、明らかにされない。おそらくそれは、さほど重要なことではないのだ。彼らは戸惑いながら、その事実を受け入れようとする。無人となった街の、無人となった店舗で、食糧や水を調達し、無人となった広い家に住みはじめる。
2人は、アイスランドの美しい風景の中を彷徨いながら、なんとか着地点を見つけようとする。男は「ぼくらの世界を手に入れた」と言い、女は「わたしたちは神に見捨てられた」と言う。2人が手に入れたものが、それぞれ違うことに、2人は次第に気づき始める。
およそ、ドラマ性のない脚本をベースに、2人はただ、美しい風景の中で、眠り、目覚める。映像のフレームと音楽は、まるでテレンス・マリックの映画だ。けれど、意外と退屈しないのは、ちょっとした伏線があって、最後まで緊張感が保たれているからだ。
この世界は、ほんの少し設定を変えることで、あっという間に豹変してしまう。「境界線」が提示する、救いようのない喪失感ですら、実際に手を伸ばせばすぐそこにあるものなのだと感じられる。アイスランドの美しい風景は、その事実を増幅させる舞台に過ぎない。
ちなみにこの映画、米国では酷評されている。結末を含め、おそらく映画館で上映されるタイプの映画ではないのだろう。NetFlixだからこそ満喫できる映画なのだ。
0 件のコメント:
コメントを投稿