なぜ人は「蛇足」と認識するのだろうか? その「蛇足」は人によって感じ方が違うのかもしれない。だが、それにしても、誰がなんと言おうと、『ザ・キリング』のシーズン4は蛇足だった。シーズン3の衝撃のラストで終るべきだったのだ。

米国版は、舞台をコペンハーゲンからシアトルに移している。本家のシーズン3以降と、ストーリーはまったく違うらしい。なぜ途中で米国版に乗り換えたかというと、米国版の主人公の女性刑事役リンデンを演じたミレイユ・イーノスが魅力的だったからだ。
とくに美人というわけではない。どちらかというと、どこか疲れた風情の、険しい顔をした中年女性だ。言動も極端にクールで、冷たい印象を与える。相棒の男刑事との間も、微妙な距離感だ。彼女は事件にのめり込み、取り憑かれ、その他の世界は希薄になる。
彼女は、なぜ人を惹き付ける魅力があるのかと、ドラマを見ながら考えた。一言でいえばリアリティだ。喜怒哀楽を見せず、常に落ち着いている彼女が、ときおり感情を乱される瞬間がある。するとほんの一瞬、彼女の脆く儚い素顔がそこに現れる。それが胸の痛むようなリアリティの正体で、ほぼ、その表情を見るためにドラマを見続けた。
ストーリー展開は、シーズン3まではほぼ完璧だった。情報によると、本当はシーズン2で打ち切りのはずが、なぜかシーズン3まで継続。だが視聴率が芳しくなかったため、やはりシーズン3で打ち切りのはずだった。ところが何を思ったのか、ネットフリックスがシーズン4を最終シーズンとして制作したという。
シーズン4は、それまで彼女がつくりあげてきたリアリティまでをも壊してしまった。とくに最終話、ラストの5分間は、史上最悪の「蛇足」だった。人生は続くが、続ければいいというものではない、というのがこのドラマの教訓になってしまった。
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